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2019年12月8日日曜日

プラットフォーム時代のシステム開発


GAFAを中心とするプラットフォーム企業がグローバルにビジネスを拡大し、ITビジネスを超えて仮想通貨など金融などへも大きな影響を及ぼしていることはすでに知られています。GAFAはビジネスプラットフォームであるばかりでなく、通販、ECのビジネスモデルを改革する支援を行う枠組みであることを考えれば、その収益の配分をめぐる主導権の争いであるともいえます。いわば、これらのGAFAIT企業である以上に、システム開発をめぐる大きなテーマをも提起しているのです。
しかし、アマゾンのAWS、グーグルのApps、マイクロソフトのazureなど、クラウドを基礎とした開発プラットフォームの存在が、無視することができないようになってきています。それをうまく活用することが、私たちのシステム開発ビジネスの生産性向上、付加価値増大に結びつくと感じられるようになってきました。
私たちのITビジネス、とりわけシステム開発受託ビジネスはというビジネスの収益構造を大きく変える要素と、考えるべきでしょう。かつて、私たちは銀行の勘定系オンラインをアセンブラー言語でコーディングしてきました。通信モニター、ファイル制御などのプログラムを、まさしく高速なレスポンスを確保すべく、また、ファイル容量の制約の範囲で収まるように書き込んだ時代がありました。
思えばコンピュータの黎明期、1964年の東京オリンピックのために開発された成績集計システムが三井銀行のオンラインシステムで使われたといわれています。一見奇妙に見えますが、成績集計という業務アプリではなく遠隔地からデータを収集するオンライン制御プログラムを転用したのだと理解できます。それまでのバッチシステムというジョブ制御の仕組みを、トランザクション処理という新たなシステムに変える稼働したのだと理解できますし、データベースシステムの走りである排他制御を行うファイル制御プログラムだと推察できます。1970年代の銀行オンラインステム全盛の時代は、アセンブラー言語を駆使して、限られた資源で求める高速なレスポンスを実現してきました。しかし、その結果、このシステムを基礎とした開発管理、運用管理はおそらく、近年の銀行統合にも大きな影響を及ぼし、勘定系システムの統合、移行に際して、膨大な期間と工数、費用とリスクを要することになったことは明らかです。
おそらくは、開発環境、運用環境というプラットフォームの変更改善なしに、少しずつ、手直しを繰り返した結果であることが想像できます。新しいビジネスモデル、新サービス、に対応するシステム変更、容量増加に抜本的なプラットフォーム改築をしなかった「つけ」が来ていると、簡単にス増できます。新たに作り直す方がよほど効率的であったとおそらくは知っていても、判断できなかった組織の意思決定ガバナンスの問題があったと、判断することは容易です。プラットフォームの改革なしに、システムを使い続けることが企業にとって大きな損失につながるのだという壮大な実験をしてきたように見えます。
私たちは、この50年間の技術革新をとらえた開発環境、運用環境をすでに手にすることができています。プラットフォームの各レイヤーでの進化は、全体に影響を及ぼすことなく、その進化を取り入れています。全体最適を維持しながら、各レイヤの進化をとりいれ、改善することが可能になってきました。
かつてロックインが声高に叫ばれました。しかし、今や、DBMSであろうと、ERPであろうと、下手な小細工をしなければ、プログラムの大幅な変更なく、新しい環境に適合し、新たな経営戦略を支援できるようになりました。しかし、インターオペラビリティ、企業間の業務連携、そしてAPIで、異なるシステム間をつなぐことは今や、普通のことになってきました。
かつて、IBMコンピュータ、SAP R3など囲い込みを差別化の道具にしてきました。しかし、もはや遠い時代となりました。選択権が利用者に戻ってきたのです。ユーザーが多様なツールを選び、それらをプラットフォームとして開発運用する時代になりました。


中小企業にとってクラウドとは


 総務省が主導している「全国中小企業クラウド実践大賞」が、先日、地方体が終わり211日に全国大会が開催され、総務大臣賞などが決まる予定です。私も盛岡と福岡の地方大会に参加して、プレゼンをじっくり聞くことができました。中小企業は大企業に比べて、資金がない、人材がいない、ITスキルがない、など、ないことばかりが特筆されることが多いのですが、大企業にはないものがあることが明らかになったような気がします。知恵、工夫、改善、です。
 各社とも、安価な、時には無料のクラウドツールを組み合わせて、簡易ツールを活用して自社開発をしています。クラウドだからこそ知恵と工夫を使って業務を善できるというのも、中小企業ならではです。大企業にはないものです。
 私たちは、クラウド以前から中小企業のIT活用について、数百社の優れた事例の表彰に関わってきました。多くの中小企業へのモデルとして参照されてきました。しかし、クラウド以前の事例企業は、経営課題を解決するためのシステム活用に際して、そのほとんどが、パッケージの柔軟性が乏しかったせいか、既存のパッケージを使用することなく、費用や人材を投入して開発している事例が大半でした。つまり開発力がない中小企業はシステム活用が難しかったといえます。
 しかし、今回の事例から、クラウドを活用するというのは、単に安いというだけでなく、自社で、複数のツールを選び、それを組み合わせるという際の知恵と工夫が生き、まさしく、業務の改善を図る中でクラウドを有効に活用しているという事例が大半でした。これは大企業でオンクラウド活用とはっきりと一線を画すものといえるでしょう。
クラウドが中小企業に適しているという本当の理由がそこにあるに違いありません。

「中小企業 本当に要らないのか」を論じる


 あるビジネス雑誌に、「中小企業は本当に必要?」という特集が掲載されました。この中で、赤字企業は補助金ばかり得ていて業績が改善しないいわば死に体のゾンビ企業だから、早く退出すべきだという主張を掲載していました。たしかに、私たちがお付き合いしている企業でも、きちんと経営しているのだろうかと思われる企業がないとは言いませんが、大半の経営者は、苦労しています。
したがって、赤字企業を排除すべきとする議論は安易な危険な思想だと思います。例えば、学校で、優秀な生徒とそうでない生徒とを分け、能力別クラスを作ることがしばしば話題になります。一見、効率的に見えます。しかし、その結果は燦燦たるものといわざるを得ません。人間は成績だけではありません。人それぞれ性格があり、得意なことがあり弱いところがあります。つまり多様なのです。それを偏差値で並べてしまうと、自分より成績が低い人を下に見る人格が形成されがちです。それは差別意識につながり若者の人格形成に悪影響を与えることは明らかです。若いうちから社会にはいろいろな人がいるという認識は非常に大事です。
また、障害者福祉施設での大勢を視察した加害者は、障害者は不要だとする点で同じような考え方といえます。一つの見方で社会に散って不要だとする考えは危険なものがあります。さらに言えば、ヒットラーは、ナチズム(選民主義)を主張し、世界の中で一番優れた自分の民族が主導すべきと唱え、世界を支配しようともくろみユダヤ人の大量虐殺に至りました。
一枚の絵を幾つかの小片(ピース)に分解して、分解した物を再び組み立てるというジグソーパズルでは、たとえ小さなピースがなくても成り立ちません。空白ができてしまうからです。地方の中小企業にも、地域の1ピースとしての一定の役割、存在意義があるものです。たとえ赤字であっても、街の店が廃業すれば、その一帯が暗くなって治安が悪くなります。どんなに赤字であっても、顧客がいるし社員がいるし、取引先もいる。安易に排除することは地方のエコシステムを壊すことにつながります。儲かっていない地方の中小企業の退出を促すことがいかに地方を疲弊する仕業となるかを考えれば、私たち支援者や支援機関は、一社たりとも廃業させてはならないという覚悟と意識を持って中小企業の支援に当たらねばならない。必要なのは、排除ではなく支援なのだと。