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2023年7月7日金曜日

マイナンバーのどこが問題なのか

 今回の問題の大もとは、国民のIDを連携せずに各種データを肥大化させてしまったこと、日本語の漢字、ひらがな、カタカナそれも半角・全角をばらばらに使用してきたつけです。それを今回、連携しなければ、今後、まともな福祉サービスができなくなるということです。今の非効率性は、たとえば、3万円の補助金を2万円の事務費用をかけて支払うということです。あおるだけのメディアは日本にとって害悪です。

かつて1990年前後に、国民背番号制といわれ、共通のIDを導入する計画が、潰されました。それ以降一番大事なデータの連携がデータの目的外使用が、大幅に制限されました。

そのことによって、共通IDがない、個別のデータベースができ、どんどん、大きくなってしまいました。

かつて発生した消えた年金問題も、ここに本当の原因がありました。

それが、コロナ禍で、補助金を配布する際に事務作業が課題で、直ぐには支払えない手作業で事務を行なっている、データが繋がっていないと、批判されました。

原因は全て、このつながらないように制限した30年前の政治的決定にある訳です。

それを今回繋ぐ作業、つまり、まずIDを設定してそこに、いろいろなデータを繋ごうとするのが今回のマイナンバーです。いわば失われた30年を取り戻すことです。

しかし、ことは30年間で、データを使うアプリは拡大していますから、それらを繋ぐ作業は、大変です。長年かけてダメになった虫歯はすぐには治りません。システム屋的な経験から言えばほぼ不可能なレベルです。

なんの繋がりもないデータを、繋ぐのは、ひとつひとつ、照合、手作業、目で、行うことに等しいです。トラブルが起きて当たり前。

影響最小限で、トラブルを発生させて、修正するしかありません。

住民記録は、各自治体ばらばら、年金は、社会保険事務所の管轄、税務は財務省

健保は、厚労省健保組合、と管理主体がばらばら、縦割りの弊害。

国民の識別は、名前と生年月日で、確実に認証できるわけではありません

その作業を国民に、ネットを通じて、繋ぐことでカバーするつまりマイナポータルで、自分で繋げば、間違いは少なくなります

自治体職員や健保組合職員が行えば、間違いは一定割合、発生します。それが今吹き出しています。

冷静に考えてみれば、漢字、ひらがな、カタカナを、使いこなしてきた日本語の曖昧さが、その背後にあります。

本当はそういう説明をして国民に協力要請すべきなのですが、マイナンバーに反対する人にも、野党にも、大変だと強調すれば、やめろという声を増大すると考えれば、手控えます

丁寧な説明は必要だという、コメンテーターは、一見もっともらしいですが、まともな説明をしようとすれば、長い説明時間、正しく理解されるか、どうか、不確実、説明すればわかりあえる、は、幻想です。

システムの話を、まともにして、理解されるとも思いません。

今回のトラブル騒ぎで、マイナンバー、いえ、国民のID整備ができなければ、今後の政策実施、福祉政策は円滑にできなくなります。

沈静化することを、神頼み、する毎日です。

私たちはシステムの専門家として、システム的観点で、考えるべきと思うのです。つまりほとんどは政治的発言で、システム無関係の発言、トンチンカンな対話に聞こえます。

健康保険証を来年秋、廃止を撤回しろ、撤回しない、これこそ、政治的議論でシステム的には無内容な議論です。政治的発言の趣旨は、敵失、敵の失点を狙い、またそれを防御する、と言うものです。戦国時代でいえば敵の大将の首を取ることが目的です。

健康保険証、大事なのはマイナンバーを介して、IDを繋ぐこと、IDによる統合です。これが今回の大きな目的です。

つながらないからこそ、行政サービス、福祉サービス、不便なのです。

マイナンバーに紐付けする話と、カードを持ち歩くかどうかは、別の議論、便利な運用が大事なことは当たり前です。それは使ってみて柔軟に変えればいいことです。

統合した後に、マイナンバーカードと別に保険証を発行することはあっても良いと思います。それは廃止ではなく、更新です。存続とも違います。何がダメか、今の健康保険証のデータが不正確だからです。本人認証も不十分つまり、本人でない人が相当数使っていても、それを見つけられないのです。この問題を放置したら、無駄に保険支払いが行われますし、行われています。ですから、今の保険証が使えているから、そのままでいい、ではなく最低限、写真を貼るべきです。

こんなまともなシステム的議論なく、廃止する、しない、だけ議論しています。政治的議論です。政治的議論が、議論だけならいいですが、システム的に不条理な、政治的妥協で、変なシステム的な政策が決まってしまうことが少なくないのです。

消費税の軽減策など、典型です。 8% 10%の違いが不明確なのに、実施が決定されました。

システムは合理性が基本です。合理性にない政策が、妥協で決まると、曖昧な仕様が、システムに強制されます。

ですから政治的議論は危険なのです。 実行できる、合理的な解決策の議論こそ、必要なのです。

敵の首を取るための政治的議論、システム化の邪魔です。