ページビューの合計

2020年11月26日木曜日

「アトキンソン」の中小企業再編論は有効か

 菅政権の重要な政策として、炭素ゼロ社会、デジタル化と並んで中小企業の再編成があげられている。その背後には、新設された成長戦略会議の民間議員として、首相のブレーンである小西美術工藝社の社長デービッド・アトキンソン氏がいることはよく知られている。彼は、優れた経営者であるばかりでなく、ゴールドマン・サックス社のパートナーも経験した金融アナリストでもある。

 しかし彼が語る中小企業再編への処方箋は様々な反響を呼んでいる。国のGDPは人口に正の相関があるので日本のように人口減少が続けばGDPの低下は避けられない。これを解決するには生産性向上、とりわけ労働生産性、なかでも中小企業の生産性が低いので、対策をとらなければならない。おそらくこの現状認識には異論はないだろう。

 また、中小企業の生産性を悪化させている元凶が政府による手厚い保護政策と日本商工会議所をはじめとする商工団体の圧力にある。事業継続する意欲のない中小企業、事業が改善する見込みのない赤字垂れ流しのいわゆるゾンビ企業に財政的支援や補助金支援をすることで延命させている。このような企業は早く退出させることが、社会的に望ましいという。そういう実態がないとは言い切れないだろう。

しかし、本当に必要な企業に対してだけ助成し、ゾンビ企業を排除するために当該企業の状況を厳密に調査、審査して意思決定するには、多くの工数と期間がかかる。多少の厳密さを犠牲にしても迅速に支援すべきだと国会で批判するけれども、そうすれば悪意の企業が混入することは避けられない。迅速性と厳密性のどこかで、妥協するというのがまさに実務である。まさにガンの部位を正確に探し当てて、抗がん剤を投与するようなわけにはいかない。

もちろんデジタル化による解決策はある。会社からの申請書によるのではなく、企業の基本的データ、企業業績、財務状況、企業の行動データをリアルタイムに把握し、AIのアルゴリスムを駆使して分析すれば、本当に必要な企業を抽出することは決して困難ではない。さらに、一括でく、少額を迅速に補助し、その成果をデータで収集し、追加補助をするというプロセスを経ることで、より効果が上がる企業へ集中的な補助を可能にする。これはまさしくシステム開発におけるアジャイル手法でのイテレーション、すなわち短期間で反復を繰り返しながら、効果的な財政的支援を可能にする。高速でPDCAを回すことである。そのような提起なしに、ゾンビ企業排除を叫ぶのは、実効性に乏しい。

 アトキンソン氏は、中小企業の生産性の低いのは、規模が小さいからであり、そのために、人材不足、財源不足、とりわけ合理化のためのIT投資への余力がないので生産性向上に取り組めないと述べる。したがって、まず規模を拡大して、余力を創出すべきで、それが困難な小規模企業には退出を求めるべきで、退出した労働力を中規模企業に振り向けることで、労働流動性が生まれると考える。そうすれば最低賃金をアップでき、それを支払えない企業は退出せざるを得ないと述べる。この処方箋に、ほとんどの中小企業関係者は反論するに違いない。

1に、中小企業の生産性が低いとしても、その原因が規模の小ささにあるとは言えない。小さくとも高い利益率を確保している企業は少なくない。規模ではなくビジネスモデル、経営モデルの問題と考えるのが妥当だからである。いうまでもなく企業の99.7%は中小企業であり、75%の勤労者は中小企業に勤務し、GDPの約半分は中小企業であるという状況は、中小企業だけの経営の問題というよりも日本の産業構造の問題を示している。大企業は経営努力のみによって生産性が高いのではなく、中小企業の努力によって、さらに言えば、中小企業が非効率性を甘受しているからこそ、達成できている面が少なくない。

例えば、大企業の債務支払いが、手形など世界にもまれな制度によって、60日あるいは90日、さらに120日の長期にわたっていることは周知の事実である。インボイスによる即日支払いが世界の潮流であり、これを実施してこなかった日本の商習慣が中小企業の生産性を低下させている。むしろこの点をアトキンソン氏は忘れている。

近年のクラウドサービスでは、IT環境の整備はもはや先行的な投資ではなく、月数千円から数万円、さらに、無料のサービスから試行できる市場環境からすれば、多くの場合、身の丈、にあったIT化が現実化しいている現在、その大きな阻害要因は、経営者の認識不足以上に、リベートや複雑な税制など、発注企業の商習慣や制度、規制によることが大きい。もはや投資余力の有無によって生産性を議論すべきではない。

中小企業の生産性問題を、決して中小企業自体の経営問題に還元してはならない。オールジャパンで、デジタル化に向け経営者の背中を押すことこそ、不不可欠であろう。

2に最低賃金を上げることが重要な処方箋だと述べることについては多くの反論がなされている。確かに、賃金を上げれば消費に周り、国のGDPを高め社員の意欲を高めることで、企業業績向上、企業の改革促進が期待できるという面があることは期待される。しかし、そこには成功確率と時間軸の議論が抜けている。うまくいっても、それは半年か数年先のことで在り、うまくいく可能性は必ずしも高くない。しかし月という時間軸で見れば、確実に資金が減少し、人件費の増加による経営圧迫は避けられない。それらを同列に見ることは適切とは言えないだろう。

3に、優れた中小企業の規模拡大にむけ、再編を促し、それ以外の企業の退出を促すという思想は、優れた人間だけが残ればいい、偏差値の高い若者を育てようという選民主義に通じるものである。人間も企業も多様であって、とりわけほとんどが中小企業という地方自治体は少なくない。また、サプライチェーンの下請けであるとともに、地域社会の担い手であり、地域において重要な役割を期待されている中小企業は少なくない。郊外のモールによって、シャッター街になってしまい、暗くなり治安も悪化した駅前商店街は多い。地域においては黒字か赤字かではなく地域に根付いて貢献している中小企業が少なくない。切り捨てが及ぼす影響は、決して少なくない。黒字企業だけ残れば、あるいは黒字企業がより成長すればよいという考えは地方都市を疲弊させてしまう。まさしく私たちがとるべき方向は、赤字企業を切り捨てるのではなく一社でも多くの赤字企業を成長路線に乗せることにある。

4は、中小企業を統合再編させる手段として中小企業同士あるいは大企業による吸収などを促すとする考え方であり、M&Aなどを推奨することにある。中小企業に対して、他の企業が、とりわけ事業承継が困難な場合に、他の企業の支援を受けて事業継続できることは有効な手段の一つであることは間違いない。それによって、重要な資源で社員や技術、ケイパビリティを維持できる意義は大きい。しかし、そこには統合再編がうまくいった場合という条件が付く。規模が異なる企業同士の合併吸収は、異なる企業文化、異なる社内システムの統合に伴うコストは予想以上に大きい。中小企業では、十分なデユーデリジェンス(企業査定)が行われないであろうし、大企業同士の合併に比べれば、事前準備、社内了解も不十分である。資本の論理だけではうまくいかない。

1+1が2を上回ることが、まさしく統合の利益である。しかし、2に満たず、1.7であるならば、0.3を切り捨てなければ、統合の利益は見込めない。これらの不利益は政府主導による多少の補助金でも解決しない。統合後のビジネスモデルが描けてなかったからである。そこに必要なのは、十分な支援である。

このようにアトキンソン氏の提起は、現状認識こそ同意できものの、その処方箋は具体性に乏しく役に立たない。もちろん、彼は疑いなく優れた経営者である。しかし名選手、必ずしも名コーチ、名監督とならないように、名経営者の経営方法がどの企業にも当てはまる保証はない。方法だけでなく、人心掌握、求心力も必要である。

日本の中小企業の支援機関、関係者たちの協力なしに、一歩たりとも実現しない。私たちが何よりすべきことは切り捨てでなく、一社でも成長路線に乗せるべく、支援を強化することにある。何より中小企業自身が気付き、企業同士が相互に学び合い、成長への経営者の意思決定、行動へ背中を押すことが必要である。

まさしく、菅総理が語る「自助」「共助」「公助」、なのである。