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2015年8月29日土曜日

今日、発見したこと

朝ドラで、まれの店のことを、ブログに書き、そこに、自分への励ましを書いていた。
ブログってそういう風に使うんですね。反省、というより、もっとうまく、もっと誰かの役に立つようなことを書こうと。批判より。今日の発見。

2015年8月28日金曜日

どうしようもない

どうしようもない教員、経営陣、

そうね。

出版目的で、あるセミナーから起こした原稿を、一緒に校正していたのですが、最終段階で所属団体が許諾しないといって拒否されました。こういう人っているんですよね。所属団体が云々ではなくて自分が気に入らなくなったから、ですね。たぶん、自分の名前が、前にでないからとか。おそらく、その程度のこと。こういう、人を振り回して何とも思わない人を、大先生病というのです。もちろん、自覚症状はないでしょうが。本人のわがまま、社会の大迷惑、それが大先生病というものです。要注意、要注意
大学の教員でなければ、ただの天才バガボンみたいなのですが、みんなが先生と呼ぶので、」付け上がってくるのです。そう呼ばれないと気に入らない人が確かにいます。そこにいるとそれが自然に身に付きます。それを感じて、私に、先生と呼ばないでください、とい鵜用になりました。怖いのです。そう呼ばれないと、不愉快になりそうな自分があるもので。有識者と呼ばれる人たちの、人格の低下はもっと、指摘されていいかと思います

2015年8月24日月曜日

なにが問題か

大学の改革を阻害しているもの、悪くしているものは、誰の目にも明らかである。教授会であり、それを可能にしている教授会自治の亡霊であることは間違いない。
大学の自治が意味を持った時代があるのはたしかだ。1933年に発生した滝川事件(京大事件)に発するように、学問の自由を権力から守る歴史的な意義があったことは事実だ。しかし、今は、何から何を守るというのだろうか。
専門職を始めとして多くの職業が、もはや社会からむき出しにされている。警察官のスキャンダルで、彼らがモラルの高い信頼のおける人たちとは思われなくなった。公務員は税金のムダ使いの代表になっている。政治家への尊敬の念はとっくに失われている。
かつて科学革命の本質が聖俗革命にあると村上 陽一郎:が述べた。宗教社会が近代社会の矢面に立った。いまや、大学は残された数少ない特権社会、特権階層となっている。学問の自由に守られ、評価されることが少なく、その特権は依然として守られている。しかし、大学経営の悪化はあきらかにその実態を明らかにせざるを得ない。給与に手を付けざるを得ないからだ。良い教員を集めないといい学生が集まらないというのはもはや神話でしかない。教員の給与を維持するために、はじめに職員の給与を引き下げている大学もあるようだ。しかし、本当に、研究しかしない教員が、財務基盤の弱体のなかで必要な人間なのだろうか。教授会に人事権がある限り、大学に有用な教えることに優れた教員は採用できない。
じわじわと忍び寄っている、メディアの追求の手も、社会と同じルールを、この自治の名のもとに守られている現実をさらしつつある。いわく、大学改革を阻害しているのは、教授会だという声は日増しに大きくなっているからだ。

2015年8月21日金曜日

なぜ、大学は変われないのか。

ことが起こるたびに、大学の改革が叫ばれる。今度の内閣でも同じである。教育が大事、人材育成が大事、何度言われても、変わらない。原因も多くの人から指摘されているように、ほぼはっきりしている。
しかし、古い体質はかわらないし、そうこう言っているうちに、経営が悪化した大学が募集を停止する事態が発生し、その対策さえ、放置されている。なぜなのだろうか。なぜ、改革出来ないのか、改革されないのか。これから様々な観点から考えてみよう。

2015年8月18日火曜日

人徳というもの

仲間には、随分、感謝しています。その、外側の人たちに、ダメなようです。きっと、変な人、あやうい人、と見られているように感じてます。

やはり、私の再雇用の問題がこころにひっかかっていますが、それ以上に、私を頼って、ドクターコースに来られた3人を幸せにできなかったことが、堪えています。本人の努力以上に、学内の私への批判が、彼らを悲しい立場にさせてしまったことに、私を責めています。一生涯、、消えることなない、自分への批判、悔いです。あの時、教授会で土下座をしようとさえ思ったのです。それができなかった不甲斐なさにも。

2015年8月8日土曜日

請求と入金を自動照合、「MFクラウド消込」の正式版が公開

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20150807_715651.html

中小企業にとって、大きなメリットがあるクラウドサービスであることは間違いない。しかし、月末締め払いで、遅く、請求番号を明示せず、まとめて支払うという日本の経理業務プロセスが真の原因、請求即支払うという、業務慣習、IFRSで提案されている方法をグローバル企業でさえ、実施しないことが根本原因だ。知恵で細かく対応するのは日本らしいが、もっと大事なところにメスを入れない限り、根本的、抜本的解決にならない。国もこの点はずっと、見ないふりをしている。照合精度が上がっても、100%にならない限り人手で、確認するという仕事は無くならない。